欲物とお金(現代社会の経済を考える) part2

欲物とお金(現代社会の経済を考える) part2

 

ハードとソフト

成長経済下での市場は量的な需要と供給のバランスでしたが、飽和経済下では欲物的な需要と供給のバランスではないでしょうか。量的なものをハードと考えるならば、ソフトは付加価値的の欲物的なもので機能性や楽しめるものです。飽和経済下では物量は満たされているので、なにがなんでも欲しいと言うべきものは少なく欲しいものは割と簡単に手に入れることができます。欲物は欲しい買いたいと思わせることのできる品質と環境です。

成長経済では量とお金のバランスでしたが、飽和経済では量(ハード)と欲物(ソフト)とお金のバランスではないでしょうか。

 

デフレと飽和経済

飽和経済でしかもデフレとなると物が余ってしまいます。物が余るというよりも欲しいものがないといったほうが適しています。物が少なくなると物価は上がります。すると心理的に欲求が発生してきます。よって相場が上昇していきます。しかし飽和経済では物が少なくなっても欲求が発生しません。他の物で対応できるし、それほどまでの欲求が湧いてこないのです。量が少ない時代は目に触れることも触ることも少なく、欲しいと欲求が発生していました。しかし、飽和経済では日ごろから見慣れてるし、代替品もあって欲求を発生させることが少なくなってきているように感じます。デフレはそのような感情を尚更増幅させてしまいます。

 

欲物

欲物を考えてみると単純に魅力といえます。魅力を感じるものがないから欲しいものがないのではないしょうか。一部ではアイホンとかゲーム、グルメに魅力を見出したりしていますが、ステータスとまでは至ってないのではないでしょうか? 消費ニーズを作り出すために個々に対応できるようにカスタム化が進みオリジナル性が発揮されるようになってきました。なのに、なぜ欲物が発生しないのでしょうか。 魅力ある商品がないからではなく、魅力を感じる気持ちが薄れてきているのではないでしょうか。

 

まとめ

物が少ない時代は、物を手に入れたく必死に働きました。その過程には夢、目標がありました。しかし、現代は時代や周りの環境に流されて目標がなくなってきているように感じます。欲しいものがない、欲がないということが経済を低迷させるのではないでしょうか?欲がないと働く意欲すらなくしてしまうように思えます。自分自身で行動することで新しい何かが生まれてくるかもしれません。多方面に興味を持ち行動することで意欲が湧いてくるかもしれません。とことんやることで新しい自分に出会えるかもしれません。

 経済は自分たちの行動や考え方によって、お金と物のバランスをとっています。しっかりとした考えや行動をもつことから、今の社会を考えていかなければならないのではないでしょうか??

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欲物とお金 part1

 

欲物とお金(現代社会の経済を考える)

平成28613

素人ながらに経済を考えてみると「物とお金」のバランスであることは解ります。日銀はゼロ金利からマイナス金利へと経済の舵を切っています。しかし、私にはどうも腑に落ちない感があります。

・インフレでは 物が少なくなりお金が市場にある状態です 物<お金

物が少ないので物価が上昇します。すると同じ1万円でも買える量が減少します。

・デフレは逆に 市場に物が溢れてお金が少ない状態です  物>お金

デフレは物が飽和した状態なので同じ1万でも多くの物を購入することができます。

 

お金の価値を考えた場合、経済がデフレだと物価が下がるのでお金の価値が上がったとみることができます。インフレだと物価が上昇しているので帰るものが少なくなりお金の価値が下落したようにみることができます。しかし、なにか違和感を覚えます。

 

例えば高速道路が1000円になったとき、どこまで行っても1000円なので得をしたように感じますが、以前は数千円もしていたものが1000円になることでお金の価値が上がったのでしょうか? 確かに1000円で購入する量は増えたものの、お金の重みが減ったように感じます。デフレはお金の価値が上がったのではなく物価が下がっただけのことです。お金側で見てみると、お金の価値というよりもお金の重さが軽くなった状態ではないでしょうか?

 

では、今の経済はどうでしょう。世界的に見てもデフレ経済です。つまり経済が飽和状態にあるわけです。物が溢れた世界になってきています。そのためお金の品格(重み)が下がってきているのではないでしょうか。量的には飽和状態ですが“欲しいもの”としてはどうでしょうか? 高度成長時代は欲しいものがありました。だからお金に重要な意味がありました。欲しいものを手に入れるために頑張って働き収入を手にして、物を買っていました。頑張って手にしたお金だからこそ、お金に品格と重みがあったように感じます。

 

今の経済観を私なりに思うことですが、飽和経済下では物量は十分足りています。物が十分足りているのにお金を市場に放出すると、尚更購買意欲が削がれるように思えます。簡単に言うとお金の重みを感じなくなってしまいます。物が溢れてリうのも事実ですが、それ以上に欲しいものがないと言うべきではないでしょうか? 欲しいものがあるからこそお金の重み(大切さ)を感じることができるのではないでしょうか?

現代社会の経済は 欲しいもの(以下「欲物」)とお金のバランスではないかと感じます。

現代社会でのインフレは 欲物>お金

      デフレは  欲物<お金・・・・・現在の状態

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真に恐れるべきは・・

 

真に恐れるべきは・・・

ナポレオンの言葉に思わず頷いてしまいました。

最近の社会風潮を見ているとやたら他人ことばかりを問題視して、自分が見えていないような気がします。ネットでも中国を敵視するように誘導するような文章になっているように思えます。不倫でも大きな社会問題として取り上げられています。道徳の是非が問われていますが、それも対象となる人によって異なります。人気タレントならやり玉となり犯罪者の如く扱われます。

なんか、おかしくない? 確かに道徳に反することは良くないのですが、自分はどうなのでしょうか? 高速道路の出入り口にはゴミが投げ捨てられ、コンビの周りにはレジ袋が、お祭りの後もゴミだらけ。あなたはゴミ拾ってますか?人間が出したゴミは人間しか片づけることが出来ません。動物から見れば人間というひとかたまりの族が地球を好き放題にしているように思えるのではないでしょうか。誰が・ということではなく人がしたことは人が片付けなくては。

電車やバスなどの公共交通機関で老人が立っていたら席を譲っていますか? 階段や横断歩道で手助けしていますか? 拾った財布は交番に届けていますか? 人のことより自分の成長を考えるべきではないでしょうか。あまりにも他人責任時代だと感じます。他人責任では自分は悪くないのだから、反省すべきは他人です。でも、それでは良くはなりません。改善って良くすることですが何をよくするのでしょう。他人の心を縛ることはできません。自分を良くすることが改善ではないでしょうか? つまり、自分を成長させ他人に優しくできる心を持つことが大切ではないでしょうか?

今すべきことを考えて他人の批判でなく、皆が力を合わせて目的を達成することが大切ではないでしょうか? 現代のメディアは他人を下すのがニュースとなっていますが、あまりにも頻度が多いと教育に良くないと感じます。

 

さて、本題ですがナポレオンの言葉に「真に恐れるべきは・・・・・」とあります。世の中が競争社会から勝負社会(生き残り)に変化してきており、ライバル会社との競争も厳しく油断すると倒産してしまいます。

 

ナポレオンが戦争を通して経験した言葉に「真に恐れるべきは、有能な敵ではなく、無能な味方である」とあります。これは頷けます。先ほどの国内での他人の批判であったり、社内や部内でも足を引っ張る人は無能な味方になりかねません。この言葉の重い所は連帯での行動です。組織は連帯で成り立っています。幾ら一部だけが強くても内部が弱ければ負けてしまいます。お互いを信頼しカバーできなければ、無能な味方にやられてしまいます。表面上のことばかりでなく、心のある行動が大切だと思います。


意見と文句 No2

 


意見と文句

 

意見と文句

 

 よく日本人は自己主張がヘタだと言われるが、自分も下手な一人である。自分の意志を表明するためには意見を述べて相手に自分の考えを分かってもらう必要があります。また、相手も意見を述べて意思疎通を行い、解決策を講じていかなければならない。

 

しかし、どうも意見と文句とを間違えている輩が多いように感じます。意見は自分の意志であり信念です。しっかりした考えが出来ていないと意見も戯言(感情論)になります。何が言いたいのか何がしたいのが、どのような方向性を求めようとしているのか見えなくなります。そうなると意見は愚痴や文句になります。自分したいことややり方を述べるだけでは意見とは言えません。それは自分の感情を露わにしただけのことです。

 意見がエスカレートしてくると、どちらかが正しいか否かの言い争いになります。そうなると本当に感情だけの揉め事になります。なにがしたいのか、どのように導きたいのかという問題ではなく、個人的にあの人が嫌いといった相手の人格否定へとなっていきます。そうなると遺恨が残る結果となり、意見がもとでとんでもないことになります。

 

意見とは何か?

 まず意見に正否はありません。意見は自分の信念に基づいて自分の考えを整理したものです。理屈が通らない意見は文句でしかありません。正しいか否かではなく、どのような考え方があるのかを提出するものです。多くの意見を得ることでよりベストな方法を協議選択することができます。意見は協議をするための道具なのです。自分の意見押し通そうとすると、それは意見ではなく命令や文句になります。上司が言えば命令、部下が言えば文句となります。自分が文句を言っているのか意見を言っているのか分からなくならないようにしたいものです。意見が文句になっている人は選択肢(思考)が一つしかなく、それが正しいと思い込んでいます。

 

意見は何がしたいかが大切

意見には目的がある

意見は選択肢

意見には理がある

意見には信念がある

意見は通すものではなく協議するもの、

意見は双方向、文句は一方通行

意見にこだわるものは感情論者

相手の意見を聞かないものは、意見ではない。

意見は、一つではない

意見は通すものではなく協議するもの。

意見は行動用語、行動を伴わない意見は文句

意見は調整するもの、言いぱなっしは文句。

文句は感情、私欲、自己満足。

意見は交わすもの

意見はコミュニケの方法

求めてない意見は文句

意見は相手を知るもの

文句は相手を否定するもの

 

 

 

自分の考えをしっかり持って、相手の意見を聞こう。

 

平成2826


一期一会と運 No9

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一期一会と運 No9

チャンスを生むには

 運を掴むには、運を掴めるように仕向けなければなりません。ただ単に知り合っただけでは運は巡ってきません。知り合った後の人間関係がチャンスを与えてくれます。知り合っただけの名前を知っている程度では人間関係は構築されません。会話をするきっかけがポイントになります。その為には第一印象が大切です。第一印象は直感です。生理的に受け入れられるか、何か興味を惹くものがあるかなど、その人の魅力が大切です。ますは嫌われないこと、好かれることが第一条件となります。第2に相手の記憶に残る人になること。目を掛けてもらおうと思うなら、それなりの行動が必要です。可愛がってもらうには可愛がってもらえるようにしなければなりません。有難うございます。お世話になりました。など心を表現することも重要です。心感じない人はお礼も言えないし、次につなげることもできません。次につなげるような行動が人を惹き付けたりします。気配りはチャンスを掴むためにもやっておきたいことです。第3に情熱が必要です。情熱なきものは信念がありません。信念なきものに目的・目標はありません。

・好かれること・・信頼

・気配り・・・・・配慮

・情熱・・・・・・信念

知り合って話を重ねることで相手を知り、自分を知って貰うことができます。何度も会って話をすることで理解し合うことができます。そのことで相手からチャンス(声をかけてもらう)を貰うことができます。

 

運=チャンスを運ぶ

 うんは「運ぶ」と書きます。何を運ぶのかと言うとチャンスです。チャンスを自らに運ぶように仕組んでいくことが運となるのではないでしょうか?

人に好かれることは大切なことですね。


平成27年9月25日




一期一会と運 No8

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一期一会と運 No8

運を高めるパートナー

 運をしっかり自分の者にするにはパートナーが必要です。パートナーがいるのといないのでは大きな違いが生じます。パートナーの存在は乗り越えられる壁の高さを高くしてくれます。心の支えや意欲、信念、決意を高めてくれます。社内や社外、家庭などにパートナーが必要です。仲間が居ると心強いものです。

自分の夢を叶えるには相手の協力・賛同は不可欠です。夢を叶える方程式に 


 夢を叶える=目的/(自分の希望-相手の希望)
 
 これは目標(目的)を共有して、相手の望んでいることを叶えると、自分の夢に近づくというものです。

つまり、パートナーの存在が運を高めてくれることになります。運は自分一人だけで得ることができるのではなく周りの協力を得ることで掴んだ運を高めることができるのではないでしょうか?

平成27年8月22日




一期一会と運  No7

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一期一会と運 No7

タイミング(機会)

運にはタイミングも必要です

いくらいい出会いがあったとしても、そのタイミング(機会)が合わないと出会いが活きないことになります。タイミングには様々な要素が絡み合っています。情緒的なタイミング、知識レベル的なタイミング、周りの環境によるタイミングなどがあります。タイミングを日本語で言うと機会になります。機会は会う機と書きます。会うは出会いそのものです。機は兆しや動き、始めを表しています。そうすると機には心の準備、動ける準備、環境の整理など動ける準備が整っていなければなりません。機を逃すのはそれらの準備が出来ていないからです。良い出会いがあっても機を感じ取ることが出来ないと、運を逃すことになります。

 

運=出会い×機会(タイミング)+行動力

  機会=タイミング・・・知識、精神、環境などの整った状態

 

また、機会には印象が影響を与えます。第一印象や第六感などの類です。具体的には言えないのですが、印象次第で精神的な機に影響を与えます。

機を逃すのは、まだ自分がその成長点に達していなかったということでしょうか?

機を逃さないようにするには、自分の鍛錬も必要ですね。

後でもったいなかったと思わないようにしたいものですね。

タイミングには自分の間と相手の間があります。その間の微妙な合わせが組み合うことも必要ですね。

タイミングって難しいですね。



平成27年8月13日




一期一会と運 No6

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一期一会と運 No6

運との出会い

運との出会いは人ばかりとは限りません。食べ物であったり、動物であったり、物であったり様々です。出会うことで興味を持ち人生を変えるかもしれません。文学者であった夏目漱石は家で飼った黒猫と出会うことで“吾輩は猫である”で作家になるきっかけになりました。出会いはドラマを作ります。運命を変えるものと出会当ていたとしても、魅力や好奇心がなければ行動も変わることがなく運命を変えることもありません。運命は自分の選択肢によって導かれます。

自分がその出会いをどのように感じてチャンスに変えていくのでしょうか? 通りすがりの関係では出会いも芽生えず、チャンスに繋がりません。そこで出会いがチャンスになるには、出会いに魅力が必要です。魅力は興味と好奇心を掻き立ててくれます。この魅力が原動力となってチャンスへと繋がっていきます。

魅力=興味×好奇心・・・原動力・・・チャンスへと繋がる


 また、出会いもチャンスも偶発的なことで怒ることもあります。これはラッキーと言えるものです。しかし、これもツキが巡ってくるような何かがあるからです。ツキにも運にも“その時期”があります。その絶妙なタイミングを知ることも運の要素です。

平成27年8月4日




一期一会と運 No5

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一期一会と運 No5

チャンスとは

チャンスというと機会を思うかもしれませんが、チャンスを掴むには機会のほかに知識が必要です。知識や経験がないとそこにチャンスがあってもチャンスと気がつかないことになります。また、自分の力量以上のチャンスも掴むことができません。チャンスとはその人のその時点の人間量によって左右されます。

チャンスを掴むには

チャンス=出会い+知識  となります。

知識や経験がないとチャンスを活かすことが出来ないということになります。

また、知識を活用しきらないとチャンスがものになりません。

知と知識

知とは知っていることです。簡単にいうと覚えているという記憶です。対して知識は知を使うことができるということです。知を行動に変えることで知識になります。知っているだけでは宝の持ち腐れになります。つまり知識は知を理解して使って南畝のものです。

ことばの算式にすると

知+行動(理解)=知識   かな?

知=記憶

知識=理解

平成27年7月27日




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