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気配りと心配り

目次を作りました。順番に見てね

気配り(きくばり)と心配り(こころくばり)
 ん、これもなかなか難しい解釈ですね? どのように理解すればいいのかな。気配りを使うときって、なにかの行事とかイベント、会合や接待などのように、相手に対する段取りをはかるときかな。会社などでは使うのも気配りですよね。そうやって、考えてみると気配りをする対象が相手でも、その気配りは自分に返ってくる気配りって感じですね。これに対して心配りは、心底駆け引きなしの気持ちですよね。この場合には、利害関係はまったく無視ですね。こちらから一方的な気持ちですので、本当の意味で心の優しさを感じますよね。対して気配りは賢いとか捌けているとか、段取りがいいとか、気持ちに関係なく事柄を滑らかに行なう為の行為って感じですね。接待などで、お客にお土産を持たせたりするのも気配りで、相手のことを心配してのことではないですね。
 気配りと心配りを漢字にすると、気配(けはい)心配(しんぱい)になりますね。なんとなく意味合いが見えてきたような気がしますね。このように書いてみると「心配りは=心配=愛情」 対して「気配りは=気配=察する」ですね。この使い分けは職場などでは気配り、家庭やプライベートでは心配ですね。誰も友達や家族に対して気配りせず、心配はしますよね。 
 しかし、最近のニュースなどを見ているとどうも違うように感じます。家庭内暴力や家庭不和、これはいったい何なのでしょうか? 家庭内に心配があればこのようなことは起きないと思います。父に怒られたから・・・などと犯行の動機などを聞きますが、お互いが心配し合っていればこのようなことにはならない筈です。最近では親子関係を友達みたいな関係とか言っていますが、果たしてどのようなものなのでしょうか? 家族は正しいとか間違っているとか、好きとか嫌いとか、いう次元ではないように思えます。父のすることは間違っていても尊厳的なものです。家庭に法律を持ち込むこような考え方や家庭環境はどのようなものでしょうか。 家庭に必要なのは愛情とか、心配とか、道徳です。人間の基礎的なものだと思います。しかし、ニュースを見る限りでは、このようなことを感じ取ることはできません。 心配りは相互の関係なのです。お互いが尊重し、共有し合えるものではないでしょうか。 しかし、気配りは、なにか一方通行的な感じを受けます。気配りしても相手に有難うという気持ちがなければ、相互の関係にはなりません。 家族の愛情や心配りは、そのような次元にあるものではなく、考えなくても自然に相手を労(いた)わりあえる行動だと思います。 苦楽をともにして頑張っていくものが心配りだと思います。
 こんなふうに考えると、気配りと心配りでは使う場所が、違うことに気づきます。会社などの場面では気配り、家庭などの場面では心配りではないでしょうか。そうですね最近ホスピタリティについて投稿しましたが、「心配り=ホスピタリティ」、「気配り=サービス」という関係ですかね・?

 わき道ですが、家族を大切にしましょう。父親には威厳を、母親には優しさを、家族には愛情を。一つ屋根の下に暮らすことは、正しいとか間違っているとか、法律とか、好きとか嫌いとかいう、次元の問題でなく、家族という愛情の問題ではないでしょうか?
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