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弁護

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弁護
 最近よく法定の争いごとを耳にします。その中で腑に落ちないのが弁護側の主張です。福岡の泥酔による子供3人の死亡事故の弁護のあり方にも憤りを感じます。そんな無茶苦茶な言い訳がよく出来るものだと不思議に思います。人は立場が代われば考え方も変わります。様々な考えがあってもあたりまえなのですが、あまりにも常識から離れた答弁に何の意味があるのでしょうか? 目的達成の為には手段を選ばないというように見受けられます。弁護は刑を軽くすることに重点が置かれて、弁護士の力量は勝訴がどのくらいあるかといった見方で評価されます。こうなると機械的な仕事としての弁護になってしまいます。弁護は勝たなければ意味がないという評価なのですね。
 そもそも弁護とはなんでしょう。弁護は被告の正当性や事情を説明して真意を確かめること、そして被告にも立ち直る機会を与えることだと思います。被害者、被告の両者の立場を鑑みて、人間的に審判を下すのが裁判ではないでしょうか。しかし、現実社会ではどちらが勝つかという勝敗を競うものになってはないでしょうか?
 
 民主主義の議会制には、正と反がつきものです。これは一部の間違った考えで暴走をするのを防ぐ為に、色んな議論をする必要があるからです。正と反には、正の意見に対してまったく違う意見をぶつける反対論的なものと、議論の内容を掘り下げて検討するために、それでいいのかという質問を徹底的にぶつける協議的なものとがあります。前者の反論は、まったく違う考え方のもので対立するものです。しかし、後者の協議的な反論は、正の意見を徹底的に調べて内容などを検証するもので、結果を求めているのでなく間違いを防ごうとするものです。前者は結果を2分するもので、後者は結果が一緒でも中身に対して反論するものです。このように考えると「反」には反対するものと「内容の検討」で反論するものとがあります。社会を暴走させない為には後者の協議的な反論が必要です。ただ単に反対意見をぶつけるのでは抗争に発展します。つまり勝負ごとになります。

 加害者の立場にたった考えでは、被害者であってもことを荒立ててみたり、事実無根の話をしたり、若しくは捜査で強要されたりとかすることを防ぐ必要性もあります。そのようなでっち上げてきな要素を含むことが真実にならないように、訴えに対して反論を展開することで、事実の真相を突き止め公正な裁判ができるようになっています。しかし、中にはその事実を覆す為に過剰な弁護になりうる可能性もあります。加害者を守るという弁護のありかたは、そもそも過剰な責めや根拠のないことから加害者を守ることが目的だったのではないでしょうか。弁護とは罪を軽くしたりするものではなく真実を追究するものではないでしょうか。
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