やる気

やる気

 

最近の社会を見ていると、自分を含めてやる気を感じないのは、なぜだろうか。職場においても率先して働くという人を見かけないし、向上心も見受けられない。指示待ち族が多いのと自分で考えて行動するということがないように思える。これでは教え甲斐もないし成長も期待できないのではないだろうか。

 以前「甲斐の概念」というのを考えてみた。生き甲斐、やりがい、働き甲斐の甲斐である。甲斐とはなにかと考えると、その当時の考えでは“自分らしさ”でした。今、周りを見てみると“らしさ”を感じる人も少なくなってきているように思えます。らしさは自分になかに目標とするものがあり、そのことが信念となって自分の行動を決めているものではないのだろうか。その人らしい仕事を見受けることが少なくなってきているように思えます。書類を書き方でその人の考えが伝わってくるし、この書類は誰誰さんが作ったものだと分かるものです。 書き方といってもその人の癖ではなく思考の表現の仕方のことです。

 最初の表題のやる気ですが、そこに自分らしさがないとやる気もないのではないでしょうか。仕事や物事に対する前向きな拘り(こだわり)がもう少しあってもいいような気がします。人生や仕事を楽しくするもしないもその人の考え方しだいではないでしょうか?

 最近の自分を振り返ってみても、社会や周りや自分自身に流されて、自分らしさややる気が少々失せていたように思えます。再度自分のしたいことや生活習慣を見つめなおして、楽しく過ごせるようにしたいものです。

 

言葉の算式

やる気=目標×らしさ かな


成長とは

成長するには

人は子供から大人へ、未成年から社会人へと成長していきます。

その、成長の仕方がうまくいかないとスキルを向上させることができません。

 

成長する人とそうでない人は何が違うのだろうか?

成長する人は疑問を多くいだき、その疑問を解決する能力を持っています。

疑問がないと解らないことがないというのと同じことになります。普段は解らないことがないのではなく、解らないことが分かってないのではないでしょうか。

疑問を持ち解くことで知識がまし、行動することで経験が増えます。

成長するには、まず疑問を持つことだと思います。

言葉の算式(成長のきっかけ)

成長=疑問×疑問+行動(調べる)

 

行動的な成長を遂げるには

抱いた疑問が解決したら、それを自分の中(行動)に取り入れることが大切です。

成長は知識と経験の積み重ねから成るものではないでしょうか?

成長は行動用語で、その人の行動が精神に比例して成長していかなければなりません。

中には知識レベルが高くても周りの空気が読めずに他人に不快感を与える人もいます。このような場合は行動が伴っていないので成長したとは言い難いものがあります。

言葉の算式(行動の成長)

成長=疑問×解決(行動)

精神的な成長では自問自答を繰り返すことで、道徳的(人としての道)な成長をみることができるのではないでしょうか。

学問的な成長では不思議に思うことを掘り下げていくことです。疑問を感じたら即調べることです。

このようなことが自分の成長に繋がるのではないでしょうか?


手間隙と愛情

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手間隙をかけて

 

 

手間隙をかけて育てたものには愛情があります。手間隙とは「手間という労力」と「隙を惜しんでという時間」がかかります。野菜作りでも手間隙をかけて育てたものは美味しくなりますが、雑に育てたものは味も雑になります。私が思う手間隙は愛情です。子供に愛情を注ぐということは手間隙をかけて見守りながら育てていかなっければなりません。仕事でも手間隙をかけない仕事は愛情がなく達成感もありません。手間隙には愛情や目的があります。目的ないものには達成感もないのではないでしょうか?

子供にお弁当を作るにしても花に水をやるにしても、愛情が必要です。愛情はその人が持っている感性です。

手間隙を無駄とか非効率的と考える人もいますが、無駄をすることでも経験とつながり改善とつながっていきます。非効率的なことでも効率よく考えることが必要です。手間隙は非効率的なことをしなさいということではなく、改善しながら効率を上げて愛情を注ぎなさいということではないでしょうか?

コンビニとかで出来合いのものを使うのではなく、ちょっと手を加え工夫することが大切です。手間隙はその人の心の考え方を表現してくれます。手間隙はその人の「手」そのものです。つまり自分で努力することが大切だと思います。

面倒でも愛情のある人間になりたいと思います。でも精神的には疲れるので、ほどほどに、うまくしないとね。


言葉の算式にしてみると

手間隙=愛情×時間(期間)=ふれあい×時間

 

 

 

 

 


段取りとは

段取り

 

気が利く人、手っ取り早い人、準備万端な人、効率がいい人、

これらの共通点は何だろう?

 

 

段取りが悪いとすべてに時間がかかります。段取りよくできる人は物事を俯瞰的に見ています。段取りの悪い人は自分のパーツや一部のことでしか見ていません。

仕事でも全体を考えずに自分のことばかり考えていると、良い結果にはつながりません。

物事をパーツ、パーツで見ることは大切ですが、パーツのみでは全体の組み立てができません。最初に全体があってそれをパーツごとに分解して、役割分担の中で一つの仕事を完成させていきます。ところが部分でしか考えることしかできないと先が読めないことになります。

 

先を読むことが全体を見ることと一致します。しかし、現実的な仕事をしているとパーツから全体を読んで、仕事をしていかなければなりません。現時点の情報から将来の予測を立てることと同じことです。 先に将来像が見えて現状に反映させるのか、現パーツから将来を予測するのか どちらにせよ全体が見えていないと、現時点の対応がどのようになければならないのかわからないことになります。

 

段取りとは、予測の連続でその予測を連結することで全体を見えるようにしていきます。段取りがうまい人は、そのような絵を頭の中で上手く描くことができているということです。物事を“見える化”するには、映像として物事を考えるということです。文字で考えると見えなくなり、絵コンテにすると見えない部分が見えてきます。その映像を再度トレースすることで抜け落ちた部分も見えてくるようになります。

 

つまり段取りとは連続した絵の創作ということです。

 

 

平成2926

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愛と愛情

お久しぶりです。超多忙、、、たまにはアップしないとね。

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愛と愛情2016

 

最近社会に愛が少なくなってきているように感じるのは私だけなのか?

何か上辺のことばかりを杓子定規に取り立てて、根本的な人間としての道徳(心)がないように思えます。気のせいかな??

そこで愛について考えてみた。

 

大人の男女の愛は肉体の触れ合いです。触れ合う時間が長いほど愛も深くなっていきます。

これを言葉の算式にすると

ふれあい × 時間

触れ合うことで心も強く繋がっていきます。

 

長く一緒にいると情が湧いてきます。愛と情は別物です。愛は自分の気持ちを大切にしていますが、情は相手の気持ちを汲んだものです。

人も物もそうですが手をかけるほど情が移ります。野菜も手をかけるほど情が移ります。

 そう考えると

手間暇 × 時間

 

では、愛情はどうでしょうか

愛情 ふれあい × 手間暇 × 時間

家庭では一緒に暮らした時間、手間暇かけて育てた時間、家族で手をつないだ時間らが、愛情として培われます。触れ合う時間がすくなかったり、知らん顔をしていたり、会話がなかったりすると、愛情も薄れます。

 

 子供に対しては、さらに見守るが入ります。幼少のころはふれあいですが、子供が大人になってくると、やや距離ができて見守ることが増えてきます。

  愛情 見守る × 時間

いつでも、近くでそっと子供が成長していくのを見守り、助言や修正してあげることも愛情です。

 

もっともっと愛を愛情を大切にしていけるようになりたいものです。

 

 

平成281217

 


プランとプランニング 2

プランとプランニング 2

目次を作りました。順番に見てね

 

プランとは

プランは目的を遂行するために、目的を各工程に分けて区分化し、その区分を時系列的に並べ段取りとし、期間内に収めるために段取りを時間で区切ったものです。期間内に成果を出すには手順良くしなければならないので、下調べの時間や調査、根回し等が必要となります。

言葉の算式では

段取り=各工程+・・ / 目的(計画) ×順位

プラン=段取り / 期間 ・・手順

 

 

プランニングとは

計画をその場の状況や環境に応じて臨機応変に対応するのがプランニングです。プランニングでは情報収集と分析を行い、決められた期間内に決められた成果を発揮できるようにしていかなければなりません。そうすると直接的な関連はなくてもその進捗状況は把握しておかなければなりません。よって各部署とのコミュニケーションをしっかりとり意思疎通を図って現状を共有化していかなければなりません。

 

言葉の算式では

プランニング プラン × コミュニケーション

 

コミュニケーション能力が低いと時間やお金が係ったり、十分な成果を得られないことになります。

コミュニケーション能力こそがプランニングと言っても過言ではありません。

コミュニケーション能力こそが成果の決め手となります。コミュニケーションが取れていないと物事が潤滑に流れないことになります。

 

コミュニケーション

コミュニケーションでは、双方の認識に相違がないこと、思惑通りであること、期間などの条件をクリアしていることなど準備や手順の確認をその都度行い、計画を共有化することが大切です。

また、双方が記述による確認をして、その経過と進め方、理解に勘違いがないようにしておくことが重要です。勘違いや思い込みがミスを招き、相違となって現れます。ああいったこう言ったではなく間違いがないようにしておくことが責任を果たすことになります。解っているようで解っていない、伝わっているようで別の伝わり方をしているなどよくあることです。プランニングではそのようなミスをなくすことを目的としています。

 

 

戦争でいえばプランは作戦、プランニングは戦略となります。

 

 

こんな感じでどうかな?


プランとプランニング 1

目次を作りました。順番に見てね

 

プランとプランニング

 プランとプランニング同じような言葉ではあるが、その違いはどうなのでしょう?

プランを和訳すると計画・案・図面・構想などとになります。プランニングはプランを動詞化したもので〜するとなり、計画するなどとなります。しかし、私の経験上プランまではよく行いますがプランニングをきちんと行っている人は少ないように感じます。ではプランとプランニングの違いは何でしょうか?

プランは目的達成のための手順を段階的に区分して見える化(行動日程表・設計図面)することで、俯瞰的にそのプランを認識することができ、潤滑的に任務を遂行できるようにすることです。

 

プランの立て方

1、目的の明確化

2、手順の洗い出し

3、見える化

4、俯瞰的調整

5、進捗管理

 

プラン詳細

1、目的の明確化

  ・目的達成のための目標設定
何が目的でどのような手段がベストかチョイス検討をする

  ・条件の洗い出し

    期日、価格、効果(性能、安全性、機能性など)

  ・業務の洗い出し

    必要な業務を大まかに把握

 

2、手順の洗い出し

  ・上記業務の抽出・洗い出しにより、内容ごとに区分化する。

・事務手続きと現場(行動)の流れの区分化

  ・書類の作成、提出申請物、必要人数、必要工具等の洗い出し

 

3、見える化

  ・工程管理

  ・各工程において、事務的(申請や帳面など)なものと現場的(行動や作業など)なものとに分けて、工程表を作成

  ・各題材ごとの工程が見えて来たら、更に各工程において掘り下げた工程を洗い出し、日程(期間)を組んでいく

 

4、俯瞰的調整

 ・すべての工程を総合して全体的な工程に矛盾や無理がないか調整する

 ・下層の細部まで見たところで余裕日を設けて、日程の調整を行う

 ・日程の余裕日は1.2倍程度の余裕を含むようにする

 

5、進捗管理

 ・各工程において、実際に計画が進み始めたら現実との時間的差が生じえ来るので、各工程との連携が潤滑に行えるように日程の調整と連絡を行う。

 ・事務的な行動と現場との調整を行い、潤滑にことが流れるようにしておく

 ・申請や部材手配などは先方によるところがあるので、逆算して日程の調整を行っていく。

 ・想定外がないようにすべての選択肢において対応を考え、根回しをしておく。

 ・進捗状況に応じて工程表(見える化)を修正していく。


欲物とお金(現代社会の経済を考える) part2

欲物とお金(現代社会の経済を考える) part2

 

ハードとソフト

成長経済下での市場は量的な需要と供給のバランスでしたが、飽和経済下では欲物的な需要と供給のバランスではないでしょうか。量的なものをハードと考えるならば、ソフトは付加価値的の欲物的なもので機能性や楽しめるものです。飽和経済下では物量は満たされているので、なにがなんでも欲しいと言うべきものは少なく欲しいものは割と簡単に手に入れることができます。欲物は欲しい買いたいと思わせることのできる品質と環境です。

成長経済では量とお金のバランスでしたが、飽和経済では量(ハード)と欲物(ソフト)とお金のバランスではないでしょうか。

 

デフレと飽和経済

飽和経済でしかもデフレとなると物が余ってしまいます。物が余るというよりも欲しいものがないといったほうが適しています。物が少なくなると物価は上がります。すると心理的に欲求が発生してきます。よって相場が上昇していきます。しかし飽和経済では物が少なくなっても欲求が発生しません。他の物で対応できるし、それほどまでの欲求が湧いてこないのです。量が少ない時代は目に触れることも触ることも少なく、欲しいと欲求が発生していました。しかし、飽和経済では日ごろから見慣れてるし、代替品もあって欲求を発生させることが少なくなってきているように感じます。デフレはそのような感情を尚更増幅させてしまいます。

 

欲物

欲物を考えてみると単純に魅力といえます。魅力を感じるものがないから欲しいものがないのではないしょうか。一部ではアイホンとかゲーム、グルメに魅力を見出したりしていますが、ステータスとまでは至ってないのではないでしょうか? 消費ニーズを作り出すために個々に対応できるようにカスタム化が進みオリジナル性が発揮されるようになってきました。なのに、なぜ欲物が発生しないのでしょうか。 魅力ある商品がないからではなく、魅力を感じる気持ちが薄れてきているのではないでしょうか。

 

まとめ

物が少ない時代は、物を手に入れたく必死に働きました。その過程には夢、目標がありました。しかし、現代は時代や周りの環境に流されて目標がなくなってきているように感じます。欲しいものがない、欲がないということが経済を低迷させるのではないでしょうか?欲がないと働く意欲すらなくしてしまうように思えます。自分自身で行動することで新しい何かが生まれてくるかもしれません。多方面に興味を持ち行動することで意欲が湧いてくるかもしれません。とことんやることで新しい自分に出会えるかもしれません。

 経済は自分たちの行動や考え方によって、お金と物のバランスをとっています。しっかりとした考えや行動をもつことから、今の社会を考えていかなければならないのではないでしょうか??

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欲物とお金 part1

 

欲物とお金(現代社会の経済を考える)

平成28613

素人ながらに経済を考えてみると「物とお金」のバランスであることは解ります。日銀はゼロ金利からマイナス金利へと経済の舵を切っています。しかし、私にはどうも腑に落ちない感があります。

・インフレでは 物が少なくなりお金が市場にある状態です 物<お金

物が少ないので物価が上昇します。すると同じ1万円でも買える量が減少します。

・デフレは逆に 市場に物が溢れてお金が少ない状態です  物>お金

デフレは物が飽和した状態なので同じ1万でも多くの物を購入することができます。

 

お金の価値を考えた場合、経済がデフレだと物価が下がるのでお金の価値が上がったとみることができます。インフレだと物価が上昇しているので帰るものが少なくなりお金の価値が下落したようにみることができます。しかし、なにか違和感を覚えます。

 

例えば高速道路が1000円になったとき、どこまで行っても1000円なので得をしたように感じますが、以前は数千円もしていたものが1000円になることでお金の価値が上がったのでしょうか? 確かに1000円で購入する量は増えたものの、お金の重みが減ったように感じます。デフレはお金の価値が上がったのではなく物価が下がっただけのことです。お金側で見てみると、お金の価値というよりもお金の重さが軽くなった状態ではないでしょうか?

 

では、今の経済はどうでしょう。世界的に見てもデフレ経済です。つまり経済が飽和状態にあるわけです。物が溢れた世界になってきています。そのためお金の品格(重み)が下がってきているのではないでしょうか。量的には飽和状態ですが“欲しいもの”としてはどうでしょうか? 高度成長時代は欲しいものがありました。だからお金に重要な意味がありました。欲しいものを手に入れるために頑張って働き収入を手にして、物を買っていました。頑張って手にしたお金だからこそ、お金に品格と重みがあったように感じます。

 

今の経済観を私なりに思うことですが、飽和経済下では物量は十分足りています。物が十分足りているのにお金を市場に放出すると、尚更購買意欲が削がれるように思えます。簡単に言うとお金の重みを感じなくなってしまいます。物が溢れてリうのも事実ですが、それ以上に欲しいものがないと言うべきではないでしょうか? 欲しいものがあるからこそお金の重み(大切さ)を感じることができるのではないでしょうか?

現代社会の経済は 欲しいもの(以下「欲物」)とお金のバランスではないかと感じます。

現代社会でのインフレは 欲物>お金

      デフレは  欲物<お金・・・・・現在の状態

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真に恐れるべきは・・

 

真に恐れるべきは・・・

ナポレオンの言葉に思わず頷いてしまいました。

最近の社会風潮を見ているとやたら他人ことばかりを問題視して、自分が見えていないような気がします。ネットでも中国を敵視するように誘導するような文章になっているように思えます。不倫でも大きな社会問題として取り上げられています。道徳の是非が問われていますが、それも対象となる人によって異なります。人気タレントならやり玉となり犯罪者の如く扱われます。

なんか、おかしくない? 確かに道徳に反することは良くないのですが、自分はどうなのでしょうか? 高速道路の出入り口にはゴミが投げ捨てられ、コンビの周りにはレジ袋が、お祭りの後もゴミだらけ。あなたはゴミ拾ってますか?人間が出したゴミは人間しか片づけることが出来ません。動物から見れば人間というひとかたまりの族が地球を好き放題にしているように思えるのではないでしょうか。誰が・ということではなく人がしたことは人が片付けなくては。

電車やバスなどの公共交通機関で老人が立っていたら席を譲っていますか? 階段や横断歩道で手助けしていますか? 拾った財布は交番に届けていますか? 人のことより自分の成長を考えるべきではないでしょうか。あまりにも他人責任時代だと感じます。他人責任では自分は悪くないのだから、反省すべきは他人です。でも、それでは良くはなりません。改善って良くすることですが何をよくするのでしょう。他人の心を縛ることはできません。自分を良くすることが改善ではないでしょうか? つまり、自分を成長させ他人に優しくできる心を持つことが大切ではないでしょうか?

今すべきことを考えて他人の批判でなく、皆が力を合わせて目的を達成することが大切ではないでしょうか? 現代のメディアは他人を下すのがニュースとなっていますが、あまりにも頻度が多いと教育に良くないと感じます。

 

さて、本題ですがナポレオンの言葉に「真に恐れるべきは・・・・・」とあります。世の中が競争社会から勝負社会(生き残り)に変化してきており、ライバル会社との競争も厳しく油断すると倒産してしまいます。

 

ナポレオンが戦争を通して経験した言葉に「真に恐れるべきは、有能な敵ではなく、無能な味方である」とあります。これは頷けます。先ほどの国内での他人の批判であったり、社内や部内でも足を引っ張る人は無能な味方になりかねません。この言葉の重い所は連帯での行動です。組織は連帯で成り立っています。幾ら一部だけが強くても内部が弱ければ負けてしまいます。お互いを信頼しカバーできなければ、無能な味方にやられてしまいます。表面上のことばかりでなく、心のある行動が大切だと思います。


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